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掲示板より

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「鳴かぬなら それもまた良し ホトトギス」
(松下幸之助)

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よい子、悪い子、普通の子(ほとけのの子育て)

 引用ですが、「彼岸寺」というWEBサイトに有り難いエピソードが掲載されていましたので、おすそ分けさせていただきたいと思います

~~ 以下、引用 ~~

「よい子、悪い子、普通の子」

岡本真夜さんの「TOMORROW」という曲をご存じでしょうか。「涙の数だけ強くなれるよ?♪」という、もはやポップスのスタンダードとも言える名曲です。発売は1995年なんだそうです。もう16年も前のことなんですね。
ある夜のこと。夫がパソコンでyoutubeを見ていたら、バックにこの曲が流れていました。無意識に一緒に口ずさんでいたのでしょう、それを聞い長女が、「なんで泣くと強くなるの?」と聞いてきました。さて、夫はなんと説明するだろうか。


実は最近、と言っても、二人目が生まれてからずっとのことですが、自分が長女に厳しすぎると感じています。2歳の次女、0歳の三女に比べると、4歳の長女がものすごくお姉さんに見えて、なんでもできて当たり前だと思ってしまうのです。まだ4歳なのに。4年しかこの世に生きていないのに。幼稚園の他のお友達を見ると、いい意味でもっと甘やかしてもらっている子が多くて、うちの長女には、ちょっと我慢させすぎだなぁと反省することもしばしば。
そうは思っても、家に戻って三姉妹を相手にすると、やっぱり長女には必要以上にキツくあたってしまうのです。ちょっとしたことで怒りすぎたり、なんでも「またね」「後でね」「ちょっと待って」と後回しにしたり。甘えているのに気づかないふりをして邪険にしたり。

親バカで恐縮ですが、長女は本当にいい子なんですよ。長子だからか江戸っ子だからか、基本的な性格は、情に厚くて短気で強烈なおせっかい。些細なことで一人でプンプン怒っていることも多いけれど、根はとっても優しい子です。妹が注射されているのを見て、自分が泣いてしまった、なんてこともあるくらい。


でも、普段そんなふうに頑張ってばかりいるから、時々プチンと切れて手のつけようのない怪獣になることがあります。人一倍気が弱くて泣き虫だから、親にとってはどうでもいいと思えるようなことで、この世の終わりが来たかのように泣き叫ぶので、近所から虐待で通報されるんじゃないかと焦ってしまいます。
ついこの間も、号泣して大暴れしている長女に、「幼稚園ではあんなにしっかりしているのに、なんで家に帰るとそんなにダメなの!?あなたは、いい子なのっ!?それとも本当は悪い子なのっ!?」と声を荒立ててしまいました。
すると長女は泣きわめきながら、「・・・普通の子なの!」。


目がさめる思いでした。


この子も大人と同じ一人の人間。子供なりに、いろんな思いがあるし、都合もある。それを、子供の事情を無視して、「言うことをよく聞いて、無駄なことをせず、いつもご機嫌でいてくれる子」という幻想を押しつけてはいなかったかと。


いい子も悪い子もない。
この子はこの子。


長女はそれを「普通」と呼びました。
もしかしたら、良いと悪いの間にある「平凡」という意味で言ったのかもしれないけれど、そのときのわたしには、ちょっと「ガツン」ときてしまったわけです。


さて、「どうして泣くと強くなれるのか」と問われた夫は、長女と妹たちの関係にからめて話を始めました。
「○○ちゃんは、まだ4歳なのに2人も妹がいてすごいよね。でも大変なことも多いよね。」


すると、まだ何も肝心なことを言わないうちに、長女は突然大声で泣き出したのです。たぶん、夫のそのたった一言で言わんとしていることを察し、感情が高ぶってこらえきれなかったのだと思います。
まだ小さいのに、妹たちがいるおかげで我慢しなくちゃいけないことがたくさんある。我慢がつらくて泣いてしまうこともある。でも、たくさん泣いてしまっても、そうやっていっぱい我慢するうちに、○○ちゃんは、本当に強いお姉ちゃんになれるんだよ。
夫は、泣きじゃくる長女に寄り添って、優しく声をかけていました。


その様子を見ながら、三姉妹の中でいちばんつきあいの長い長女に、自分のほうが甘えていたことを認識し、切実に反省したわたしでありました。


翌日。何かの拍子に、珍しく次女が泣いていました。強いというか鈍いというか、たいていのことでは泣かず動ぜずの次女が、涙をポロポロ流して泣いています。すると長女がとんできて、言いました。
「大丈夫だよ。泣いていいんだよ。泣くとね、大きくなってからすごい力持ちになれるんだよ!」


それは違うと思うよ(笑)


~ 以上、有り難いエピソードでした。ナンマンダブ ~

暑いですが、お彼岸です!

秋の彼岸をお迎えしました。

しかし…暑いですね

「暑さ寒さも彼岸まで」と言いますが、今日は少し外に出るだけでも汗が出てきますね

昨日は、彼岸の入りだったので、「彼岸法要」をお勤めしました。
暑い中、また敬老会等と重なっている中、多くのご参詣があり、有り難い限りです

法話の中でもお話させていただきましたが、「彼岸」とは、太陽が真東から登り真西に沈むこの期間に、日の沈む西の彼方の岸、すなわち「西方浄土」に思いをはせ、先立って逝かれた先人達を偲ばせていただく大切な期間です

また同時に、こちら側の岸「此岸(しがん)」を今一度「見つめ直す」ことも大切です。

これだけ便利な世の中になり、文明が進化したように思う現代社会。
科学技術を発展が幸せへの道と信じ、歩んできた現代社会。
なのにどうして自ら命を絶つ人、虐待などは増え続けているのでしょうか。
本当に人間は進化しているんでしょうか。

こんな世の中を「五濁悪世」といいます。
五濁とは、末世においてあらわれる避けがたい五種の汚れのことです。詳しくはまたの機会に。
なんだかこの濁りが濃くなっているように思います

とはいえ、日頃はなかなか忙しくて「見つめ直す」事も難しい生活を送っています
そんな時代だからこそ、「彼岸」の時くらいは「見つめ直す」期間にしてみてはいかがでしょうか

ナンマンダブ…

おかげさま

 トピックスばかりではなく、時々はプチ法話も紹介していこうと思います。まず最初は、昨年の寺報にも掲載しましたが、「本願寺新報」からの抜粋でございます。

「もうかりまっか」
「ボチボチ出んなあ」
大阪定番のこの挨拶に続いて必ず出てくるのが、

「おかげさん」

 自分の近況などを尋ねられると「おかげさんで、家族もみな元気で・・・」「おかげさんで、商売のほうもあんじょうに…」といった具合で、大阪をはじめ関西では現在も日常的に使われています。実は大阪と浄土真宗はとてもゆかりが深いのです。

 大阪のシンボル・大阪城といえば、豊臣秀吉を連想しますが、もともとは石山本願寺があった所です。また大阪のメインストリート・御堂筋は、東西本願寺の両別院(御堂)がこの通りにあることから名づけられているのです。このように古くから浄土真宗の盛んだった大阪で、枕詞のように「おかげさん」が使われているのは、その信仰が強く影響したであろうことは想像に難くありませんね

 さて、その「おかげさま」ですが、「」に丁寧に「」を付け、さらに「さま」まで付けています。同様の表現に「お釈迦さま」「お殿さま」「お医者さま」がありますが、要するに最上の敬いを示す表現といえるでしょう。表には見えない陰なる力、はたらき、自分以外の多くの人やものから受ける恵みや協力に対し、心から感謝する言葉です

 では「おかげさま」の反対は何でしょう。そう、「当たり前」「当然」ですね「オレはこれだけ頑張っているのだから、これぐらい当然だ」の世界です。単純にいうと「おかげさまは感謝の世界」「当たり前は不平不満の世界」といえるでしょう

 怒っても二十四時間、笑っても二十四時間。「おかげさま」の人生か、「当たり前」の人生か、選ぶのは他でもない私自身です


(本願寺新報第2950号より)